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「座頭市物語」

クリスティー・ISHI
監督 : 三隅研次 出演 勝新太郎、天知茂、万里昌代他(1962年作品)
3月17日から27日迄シネラで開催された「勝新太郎映画祭」で、「座頭市物語」を観ました。1931年生まれの勝新が大映に入社したのが53年、しかしなかなか芽が出ず、ようやくブレイクしたのが60年の「不知火検校」(監督森一生)です。この作品で、勝新は己の欲望のためにはどんな汚いこともする極悪な盲人の役を見事に演じます。
そして、盲人が主役というプロットをそのまま引き継いだのが、座頭市シリーズ第一作目の本作です。私が初めて観た座頭市は、シリーズ最終作の「座頭市」(89)ですが、そのときの衝撃は今も忘れません。ドラム缶のような体を蝶のように舞わせ、得意の居合い抜きでばっさばっさと多くの雑魚どもをたたき斬る勝新の姿は圧巻で、その様はまるで刀を持ったタヌキがダンスしているようでした。
最終作では多くの人間を斬っている勝新ですが、第一作目では意外なことに三人しか斬っていません。しかも斬り殺したのはライバル役の天知茂だけ。この天知がまた渋い。勝新とは対照的に細面の美男子です。ラストで勝新と天知は斬り合うことになりますが、惜しくも敗れた天知が「つまらぬ奴にやられるより貴公に斬られたかった。」と果てる様は、勝負師の美学を感じさせる素晴らしいシーンでした。

「25時」

シエスタのあじ塩
監督 : スパイク・リー出演 エドワード・ノートン、フィリップ・シーモア・ホフマン他
見た後に、こうも気持ちの整理がつかない映画というのは久しぶりです。気持ちの整理というのは、良かった、悪かった、というのではなく―そういう意味では間違いなく非常に良かった映画に入るのですが―この後どうなるのかが気になって、ということです。それも主人公のモンティが、ではなく周囲の人々が。倫理観に縛られたがっている(?)高校教師のジェイコブと、すべてにドライな敏腕ディーラーのフランクは、モンティの収監前の24時間に関わったことで、どちらも人生を180度転換させてしまう・・・かもしれなくなります。もちろん、全く変らないのかもしない。でも、ジェイコブはNYヤンキースの帽子をなくし、フランクには殴った手の痛みが残りました。すごく気になります。気になって気になって、ずっと考えてしまうので、落ち着かないのです。
以前、例会の会場アンケートに「この何とも言えない感じを持ち帰って考えてみようと思う。持ち帰るものがある映画はいい映画だと思う」というコメントがあったのを思い出しました。
これまで、スパイク・リー監督の長編映画は全く見たことがありませんでした。このあいだ『10 minutes older人生のメビウス』のなかの10分の短編を見て、それからずっと気になっていました。私は細かいカット割りでつないでいくような映画を見ていると頭が痛くなってしまうタイプなのですが、『人生のメビウス』の「ゴアVSブッシュ」には、そんなことを気にも留めさせないような強烈なセンスのよさがあると思いました。
『25時』を見て、ますますそう思います。M.Zさんが「スパイク・リーって、黒人スターが主人公というイメージがある」というようなことを言っていましたが、それとほとんど同じ趣旨の内容がパンフレットに書いてありました。「黒人スターが出てこなくて、黒人に向けての自立のメッセージがなくても、これはまさしくスパイク・リーなのだ」と。ついでに、さっき、新聞に掲載されていた梁木靖弘サンの映画評を引っ張り出して読み返してみたら、褒めてはいるものの、私の感じ方とはかなり違っていました。あー、よかった(笑)。これでちょっと安心(?)
『25時』は音楽も最高でした。オーケストラのテーマが今も頭の中で渦を巻いています。それからいかにもNYなジャズに、アイルランドを象徴するティン・ホィッスル。エンディング・クレジットに流れるブルース・スプリングスティーン・・・あの声をこんなにしみじみと聴いたのは何年ぶりでしょう。そしてこの映画の本当の意味でのBGMは、9.11とグラウンド・ゼロです。パンフレットによると、原作には9.11は描かれていないそうですが、描かれていない『25時』なんてまったく想像できない!そのくらい強烈な印象が残りました。

「ジョゼと虎と魚たち」

クリスティー・ISHI
監督:犬童一心/脚本 渡辺あや出演 妻夫木聡、池脇千鶴、上野樹里、新井浩文、新屋英子他
恒夫(妻夫木聡)と足の不自由なジョゼと名乗る女(池脇千鶴)、若い二人の出会いから別れまでを描いた恋愛映画です。
監督は前作「金髪の草原」でも池脇を主役に起用した犬童一心。原作は田辺聖子。脚本は今回がデビュー作の渡辺あや。単行本約25ページの原作の小説では、ジョゼ、祖母、恒夫の三人しか出てきませんが、脚色するにあたって、香苗(上野樹里)、幸治(新井浩文)、ノリコ(江口徳子)などの人物も加わっています。
とにかくジョゼをはじめとした各登場人物が面白く、生き生きと動き回りドラマを盛り上げてくれます。思わず笑ってしまうシーンもたくさんあります。昭和45年生まれの渡辺あやは島根県在住の主婦。岩井俊二監督のオフィシャル・サイトに脚本を応募し始めたのが今回のデビューにつながったそうです。
インターネットのウェブサイトからごく普通の主婦がデビューし、ジョゼのような奔放な女性を描いていくという様を見ていると、女性による自由な自己表現の面白さを感じます。

「この世の外へ クラブ進駐軍」

クリスティー・ISHI
監督・脚本 阪本順治 出演 萩原聖人、オダギリジョー、松岡俊介、ピーター・ムラン、前田亜季他
戦後すぐの日本を舞台に、若き日本人ジャズメンと進駐軍(米国軍人)の姿を描いた作品です。監督は「どついたるねん」「顔」「KT」の阪本順二。本作は9・11の同時多発テロ事件やイラク戦争に影響を受けて作ったということです。ジャズマンを萩原聖人、オダギリジョー、松岡俊介、村上淳、MITCH(彼はプロのミュージシャン、映画初出演)、シンガーを前田亜季が演じています。また進駐軍兵士たちの慰安施設「EMクラブ」のマネージャー役としてピーター・ムランが出ています。カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞した名優であり、監督としては「マグダレンの祈り」(今秋公開)でカンヌ国際映画祭金獅子賞を受賞しています。
戦争帰りの広岡(萩原聖人)は荒廃した東京に戻り、仲間とジャズバンド「ラッキーストライカーズ」を組み、ジム(ピーター・ムラン)が取り仕切る「EMクラブ」で演奏をはじめます。バンドの面々はそれぞれ戦争の傷を引きずっています。また米国軍人たちも同様に戦争の暗い影に苦しめられています。焼け跡、闇市、ヒロポン、パンパン、傷痍軍人、浮浪児など戦争直後を表す記号がふんだんに盛り込まれ、進駐する側、される側双方にとっての戦争が描かれていきます。ただ、いまいち作品に入り込めず酔えませんでした。
一つには脚本に問題があるのではないかと思います。ギャグが冴えず、笑えません。コメディーリリーフのオダギリが一生懸命頑張っているのですが、空回りしています。しかしラストシーンにはググッきました。萩原聖人が歌う「ダニーボーイ」をバックに、朝鮮戦争に出兵する兵士達の名前をピーター・ムランが読み上げるシーンです。イラク戦争が取沙汰される現在、このシーンは強く心に響いてきました。
やはり社会状況とうまく共鳴しあったシーンには強い興奮を感じます。また、本作では日本人の目から見た戦争だけではなくて、米国人の目から見た戦争も描かれており、視点が単調ではありません。日本人にとっては第二次大戦をもって直接の戦争参加は終わったのですが、米国人にとってはその後も戦争は続いていきました。本作の最後が、朝鮮戦争の戦死者数のテロップで締めくくられているのは印象的です。

「大江戸五人男」

クリスティー・ISHI
監督 伊藤大輔/出演 阪東妻三郎、市川右太衛門、山田五十鈴他(昭和26年作品)シネラ特集「日本の女優達」より
2月7・8日に大野城まどかぴあにおいて、東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵の時代劇映画4本(「大江戸五人男」「銭形平次捕物控人肌蜘蛛」「旗本退屈男」「赤穂浪士」)が上映されました。今回は、巨匠伊藤大輔(1898〜1981)が監督しその年の配給収入第2位を記録した「大江戸五人男」について書きたいと思います。
評論家の佐藤忠男によると「『忠次旅日記』いらい、伊藤大輔が大河内傳次郎や阪東妻三郎をつうじて一貫して描いてきた主人公のキャラクターは、権力に反抗して敗北する剛毅な男である。」ということです。本作品でも、町奴役の阪東妻三郎が旗本役の市川右太衛門とガチンコ勝負を繰り広げ、命を落としていく筋立てとなっております。
一つの見せ場は、町人代表の幡随院長兵衛(阪妻)が捨て身の覚悟で、水野十郎左衛門(右太衛門)の所へ赴くくだりです。両者睨み合いの勝負となるのですが、長兵衛の気迫に押され、水野は「負けた!殺すには惜しい男!」と降参します。そこで飛び出すのが右太衛門十八番の高笑い。凄いですね、この笑い。負けても笑って済ませる右太衛門の潔さは気持ちの良いものです。そんなこんなでいったん争いは収まるのですが、水野の周りの旗本たち(木っ端役人!)がそれでは納得せず、結局最後、長兵衛は命を落とすことになります。なんとも無念・・・。
ラストは喧嘩騒ぎで中止になりかけていた祭りを再開させるシーンです。長兵衛の女房(山田五十鈴)や長兵衛の小さな息子の「もう喧嘩はございません、提灯に火をお入れください。」という声が響き、あちこちの提灯がともっていきます。泣かせるシーンですね。

「月曜日に乾杯」

Mt.Fuj
監督・脚本 オタール・イオセリアーニ/出演 ジャック・ビドウ、アンヌ・クラヴズ=タルナヴスキ、ナルダ・ブランシェ他
実はこの映画を見ていて、園山俊二のアニメ「はじめ人間ギャートルズ」を思い出しました。とうちゃんとかーちゃんがいて普通に食べて、飲んで、猟に行く。生活している、家族愛もある、それ以外は何にもない、だからといってキャラクターに個性はないわけではない。
生きている普遍の事実を感じさせる好みのアニメでした。そのアニメの中の一作品に、とうちゃんが「この家にいるだけではいけない!」と変化を求め男のロマンに焦がれ、山向こうに冒険の旅に行く話があります。当然働き頭であり、かーちゃんは止めますが、とうちゃんはそれを振りきりずんずん歩いて旅にでます。山向こうのところ(?)で一人の男と会うのですが、その男も旅人で反対の山の向こうから冒険にきていました。二人は話をし、「かあちゃんが家を守り、とうちゃんは猟にでる、子供を育てるのは大変だ!」と、どこにいても同じで変わらない答えだけを確認します。
お互い求めている場所に行くことはなく、ともに元の場所に戻るという話でした。この映画のホームページを読んでいると主人公ヴァンサンを演じるジャック・ビドウの本職は映画・テレビのプロデューサー。映画初出演。ぶっきらぼうな、口数少ない、ブルーカラーの役がぴったり。監督イオセリアーニ自身が、ヴェニスの見栄っ張りな侯爵の役で登場。憎めないインチキぶりで笑わせてくれます。他のキャストも結構出ていますが、誰が誰だかという個性なくわからない描かれ方はしていません。
映像の端々でくすくすと笑えるし、エッシャーの絵のようなだまし絵っぽい面白さもあります。精密に作られた素朴な優しい映画です。観終ったあとはちょっと仕事行くのも悪くないかな?という気もしました。最初と最後の主人公の出勤シーンはなんともいえない味があります。私は好きな一品でした。

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