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「パッチギ!」

シエスタのあじ塩
監督:井筒和幸 出演:塩谷瞬、沢尻エリカ、他
ワールドカップサッカーアジア地区最終予選「日本×北朝鮮」の試合が白熱している頃、『パッチギ』を見ていました。これから見る方もおられるかもしれないので内容については触れませんが、映サの会員さんには、おそらくうける映画じゃないかなー。『がんばっていきまっしょい』のノスタルジーと、『ピンポン』のカタルシスと、『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』のノリのよさを足して割ったような映画、といったら、ちょっと褒め過ぎでしょうか・・・。
個人的には、この映画は自分の記憶に重なるところがいろいろあって、かなり思い入れたっぷりで見に行ったのですが、期待に違わず、でした。中学に入学してすぐ、音楽の時間に「イムジン河」を習いました。音楽の先生の手書きの楽譜で、メロディーや日本語の歌詞はフォーク・クルセダーズのものとはちょっと違っていました。「“イムジンガン(臨津江)”は朝鮮半島の真ん中を流れる川であり、この歌は朝鮮半島の統一を願う歌だ」ということもそのときに教わったのですが、そういう理屈は抜きで、この曲は歌詞もメロディーも頭にこびりついて残りました。やっぱり、いい曲なんですよねー。
主人公の康介は在日朝鮮人の女の子キョンジャを好きになって、ギターを練習し、辞書を買って朝鮮語を勉強し、朝鮮語で「イムジン河」を歌えるようになり、一緒に歌う夢がかないます。一方で、在日朝鮮人の爺さんからは「お前は何も知らんやろ。生駒トンネルは誰が掘ったか知ってるか?」(強制連行されてきた朝鮮人が掘った)など、過去に日本人がやったことをいろいろ言われます。自分がしたことじゃないのだから、とても理不尽なのですが。でも、知らないことだから関係ない、ではなくて、知らないことも罪、なんだろうなー。私も初めて韓国に行った時、当たり前に日本語が通じてしまうことに驚きました。もちろん知識として過去の歴史は知っていたけれど。でも、それなら知っているだけでよかったのかなー。
康介は、いろいろ悩んだり苦しんだりするけれども、極めて自然にそういう壁を越えていく。しなやかでとてもまぶしいです。あー、いいなぁ〜、と思います。主人公の康介(塩谷瞬)、アンソン(高岡蒼佑)、キョンジャ(沢尻エリカ)、みんなよかったです。なかでも光っていたのがアンソンの友達モトキ(浪岡一喜)で、ケンカの殴り方がすごくカッコいいぞ!と思っていたら、彼は学生時代にキックボクシングをやっていたとのこと。なるほど、サマになっているわけでした。それから康介の担任(光石研)。いたいた〜、あんな先生!
余談ですが、NHKの月曜ドラマ「ハチロー」の中で、フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」の歌詞はサトウハチローの作であると出てびっくり。知りませんでした。『パッチギ』でも、いい感じに歌われています。「イムジン河」が発売中止になって、やけくそになったメンバーが、それを逆から聴いてみたら「お、いい曲じゃん!」ということになって、そのまま曲にしたのが「悲しくてやりきれない」である――という話をどこかで聞いた気がするのですが、誰か真偽の程を知りませんか? (これは、やっぱり「真」だそうです)
最近は、後に重いものが残る映画を見ることが多かったのですが、今日は映画館を出たら、博多駅の前でブレイクダンスを練習する兄ちゃんたちがキラキラとまぶしく輝いて見えました。いつもは通行の邪魔だ!と思うのですが。見たあとに、こんなに幸せな気分になれる映画は久々です。見て損はしない映画・・・というより、見たら人生得する映画、かもしれません。

「CODE46」

春声@
2003年/イギリス/93mins./シネマスコープ/マイケル・ウィンターボトム監督
主演:サマンサ・モートン、ティム・ロビンス/2004-12-02シネテリエ天神
M・ウィンターボトム監督はこの前の作品『イン・ディス・ワールド』では中近東から1人、イギリスを目指して旅をする少年を描いています。この人の描く映画は、突拍子もない設定や人物たちが出現するので、私は戸惑うことがたびたびです。かと思うとイギリスのの有名な小説『日陰のジュード』の映画化に取組んで素晴らしい映画を作ったりしています。それらはたいてい一癖も二癖もあるようで、看過できません。「曲者だなあ」と思っています。だからこの人の新作が来ると、気になってしようがないのです。実はこう言っている私、この映画監督の存在に1年前までは気がついていませんでした。
映画サークルに所属していていいなと思うことのひとつに、自分の趣味・路線と決め付けている映画鑑賞の範囲の中に、ある日突然新しい情報がもたらされ、映画鑑賞の中などでそれを体験し、自分なりの発見、衝撃がもたらされることがままあることです。そういった意味で、マイケル・ウィンターボトム監督の存在を気付かせてもらったのは今年の大きな収穫でした。西南大学での市民公開講座でも、このイギリスの監督に言及してある先生がおられました。
前置きが長くなりました。さて、そのウィンターボトムの新作が『CODE46』です。(コード46)と読みます。サマンサ・モートンは、今年福岡映画サークルで合同鑑賞会の作品になった『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』(監督:ジム・シェリダン)で母親役を演じていた特徴的な顔立ちの女優さん。配するにティム・ロビンスという男優は映画『ミスティック・リバー』で渋い表情と演技で、屈折したアメリカ社会の暗黒面を見せてくれたかの男優。そんな2人の俳優が、奇妙な空想科学の世界で、恋におちる男(?)と女を演じるのがこの映画でした。
近未来という時代に設定されたこの世界には、種々の環境や状況や制約などがからみあっていて、映画を観ているうちに大よそのことまでははわかったけど、そのての設定のひとつひとつまで細かに理解してストーリーを追えるものではなかったです、正直に言って。都市間の移動は限られた人物(といって良いのかな?)に限定されているという設定があり、また法に定めた規則の違反者は限定された都市以外に追放されるとする設定もあります。社会秩序の維持の為に、そのシステムを脅かす可能性があると判断された(人間?)の記憶は政府の手により抹消されるという設定、その他にもいろいろ、こんなおかしな、というかSF手法をこの映画は前提とした上で作られた、まさしくまぎれもないSF映画です。
そのSF世界の中での男(?)と女の“禁断の愛”の物語なのです。ティム・ロビンスが演じるこの映画の主人公にすべて?クェスチョン・マークをつけているのは、それはどうやらこの男(?)性、体外受精の結果生まれた人間という設定だと映画を観ていて理解したからです。そんなことは”あり得ない”現実だと私は規定したいですし、それに遺伝子の同一性とか難しいことを言われるとこちらはひるんでしまいます。
余談ですけど、現代医学や法体制はこういう風に今後はなっていくのでしょうか。映画の読みに対する私の理解は正解ではないにしても、クローン人間、人工授精の人間などが沢山存在している“近未来”という設定の映画ですから、両性の性愛にしても、この現実の21世紀の恋愛や性愛と同じ感覚で理解してはいけないでしょう。それでは理解できません。そしてこの映画に於いてなにゆえそれは”禁断の愛”なのかを見せてくれる−−それがM・ウィンターボトム監督の目的で、彼がしかけたその技を、そのうまさを楽しんできたのです。従って、サマンサ・モートンとT・ロビンスの愛については、ただそれがこの“近未来”においては“道徳的にも”、“法律的にも”“否定されるべき愛”だったんだ――ということを知るにとどめることだけにしました。それだけで、ラストの悲哀も深まるし、それで充分です。
荒涼たる砂漠、“外の世界”に放り出されたサマンサの嘆き“会いたい、会いたい”という嘆きが哀れでした。あくまで古風な悲恋の物語。そんな風にうけとったのです。対象を砂漠の真ん中にとり強烈な描写で“愛”を描いた映画として、かつて『情婦マノン』という1949年のフランス映画がありましたが、思わずそんな古い映画のことを、この新しいSF恋愛映画を観ながら考えてしまったことでした。「これしかないベスト作品」というような大げさなものでなく”映画を観るささやかな楽しみ”という感覚です。春声@

「珈琲時光」

シエスタのあじ塩
2004年/日本/103分/配給=松竹
監督:侯孝賢/出演:一青窈、浅野忠信、萩原聖人、余貴美子、小林稔侍、ほか。
「東京なんてコンクリートとビルばかりで、人の住む所じゃない」とか、「東京の食べ物は高いばかりでぜんぜん美味しくない」といった言葉を聞くと、私はいつも釈然としない気持ちになります。
東京、特に江戸までの東京は、本当に美しい街だったと思います。それを、明治の薩摩や長州の役人や財閥や、それから戦後になって全国から押し寄せてきた人が、よってたかって切り崩してコンクリートで固めてしまいました。昔からの東京の人たちは美しく住んできたのに、その上を無粋な田舎モノが土足で踏み荒らしてしまったのが今の東京。お江戸日本橋の上に高速道路をかぶせてしまうなんて、長年そこに住んでる人なら絶対考えもしなかったと思うのに。田舎モノのひとりとして、東京の人に申しわけない、と思ってしまいます。
「東京の食べ物が高くてまずい」という言葉は、裏返せば、地方へのリップサービスも多分に入っているでしょう。東京のお店は値段は別としても、淘汰が激しいせいか、ハズレが少ないというのが私の印象です。なかでもこの映画の舞台になっている神田はとびきりです。学生街だから安いし、何よりも雰囲気のある喫茶店の宝庫です。神田神保町には以前勤めていた会社の本社がありました。岩波ホールもあり、古書店街もあり、コンサートホールもあり・・・映画の中でその懐かしい景色があちこち出てきました。
羽田監督の「片岡仁左衛門」を見たあと、仁左衛門さんの本を探して神保町を文字通り端から端まで歩いてようやく見つけたときに、映画で萩原聖人が二代目店主を演じていた「天ぷら いもや」の天丼でお祝いしました・・・といっても、いもやの天丼はワンコイン500円、完食すると50円戻ってくるリーズナブルなもので、美味しいです。
映画に出てくる喫茶店「エリカ」は名前を知っていただけなのですが(とても素敵なお店です)、「さぼうる」や「古瀬戸」でよく買った本をチェックしていました。他のお客さんの見ている本が気になったり、思わぬ有名人と相席になる楽しみもありました。「さぼうる」のモーニングセットのミルクにペパーミントのリキュールが落としてあるのも忘れられないです。
一青窈が浅野忠信の古書店のガラスの引き戸を開けたとき、あの古い本の匂いが香ってくるような気がして幸せな気持ちになりました。彼女のように古書店の常連さんになれるくらい通えたら幸せだったのですが、それはかなわず。でも一度だけ、本を選んで勘定台に持って行ったら、店主から「あぁ、いい本ですね」と言われたことがあって、これは私の密かな自慢です(笑)。
映画の中で浅野忠信が二代目店主におさまっている「誠心堂書店」も入ったことのないお店なのですが、「神田神保町ガイド」の写真で見ると、この店の若い三代目さんは雰囲気がどことなく浅野忠信に似ています。今度行ったらチェックしなければ。
この映画は小津安二郎生誕100年記念として作られています。私は小津映画を実際に見たことがないので、こういうことを言う資格はないかもしれませんが、いろいろ書かれたものを読んだりしたかぎりでは、小津監督の描く父と娘の関係にはなんかしっくりこないものを感じています。
母親がいなくて父と娘。父親にとって娘は、娘以上・妻未満(?)みたいな微妙な存在です。TVで外国の映画人が「この父と娘には恋愛感情があるのか?」と発言した気持ちがわかります。家庭をもたなかった小津監督の創造した独自の男女関係、なのでしょうか。
侯孝賢監督が描いた家族では、父(小林稔侍)と娘(一青窈)に母(余貴美子)が加わっています。この母は父の再婚相手。娘にとっては継母ですが、二人はとても良い関係で、娘の陽子は妊娠もまず母に告げるのです。シングルマザーを選択した娘にとまどう父親の小林稔侍さんがとてもよかったです。ここが小津監督へのオマージュであると同時に、侯監督の描く、今の東京の物語でもあるのでしょう。
この映画の父と娘なら、そのまま自分にも置き換えることもできるし、この映画に描かれている東京でならば、確実に成立し得る人間関係だと思います。
今を描いていながらも、映画に出てくる何もかもが、とても懐かしい気がします。実際に自分がそこを知っているからではなくて、もっと心の深いところにある懐かしさ。ヒロインの陽子が帰省する群馬県の高崎の風景。住んでいる早稲田の街。都電荒川線の路面電車。神田川の川べりに茂るツタの緑色。人のつながり。これは侯監督の、日本へのオマージュなのかもしれません。
音楽もとても良かったです。映画の中で、陽子はフリーライターとして江文也(コウ・ブンヤ)という台湾出身の音楽家を追いかけています。彼は戦前・戦中の日本で活躍した実在の音楽家だそうです。
中国大陸で終戦を迎え、戦後は中国・台湾の双方から政治的なプロパガンダに利用され、翻弄され、名前も変え、結局日本には戻れず北京で亡くなり、音楽家としても忘れ去られたままになっていました。
映画の中で流れる彼のピアノ曲はとても戦前の曲とは思えない斬新な印象で、そうと知らずに聴いて、例えば「これは武満徹の曲です」と言われたら納得してしまうと思います。またまたCDを買ってしまいました。
『珈琲時光』というタイトルは「気持ちを落ち着け、心をリセットし、これからのことを見つめるためのひととき」を意味しているのだそうです。
自分がかつて手にしていたのに気付かなかった、そして自分から手を離してしまったキラキラしたものが、こんなにいっぱいあったんだ、と思いました。古書店の店内からガラスを通して見る街の通りが光にあふれているように。それがとてもまぶしく見えました。
私の好きな東京が、全部この映画の中にありました。

「誰も知らない」

シエスタのあじ塩
2004年/日本/141分/[配給] シネカノン
【監督】是枝裕和 【出演】柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、清水萌々子、韓英恵、YOU、ほか。
言葉にするには、あまりにたくさんの感情が押し寄せて、溢れ出してしまうので、とても難しいのです。それでもあえて言うなら、ゆふいんで初めて『ともだち』を見たときのように「私の映画だ!」と思ったのです。
そうしたら、パンフレットの中に狗飼恭子さんという作家がこんなふうに書いておられました。<この映画を好きなのかどうか、わたしにはまだわからない。好きとか嫌いとか、そんな簡単な言葉では表せないような気がしている。なぜならこの物語は、わたしの「記憶」だからだ> そう、私の記憶の映画です。そして、たくさんの「目」の映画です。今、子どもである人、かつて子どもだった人の「目」を感じる映画。
ダンボールの箱の中にいれられて、一生を終わった女の子の。橋の上から、川の中に投げ落とされた兄弟の。教団の施設からでることのないオウムの子どもたちの。木村牧師さんがスライドで見せてくださった「生きることを許されなかったイラクの子どもたち」の。
子どもたちの目がいつも大人をじっと見つめている。責めるわけでもなく、媚びるわけでもなく、ただ自分の存在を主張するように。
子どもってみんなあんな目をするんでしょうか。子どものいない自分にはわからないけれど。愛想のない、可愛げのない子どもだった私も、きっとあんな目をしていたかもしれない。
『友だちのうちはどこ』のアハマッド君はせつない目をしていたけれど、長男の明を演じた柳楽優弥君は吸い込まれるような深い目。夜明けにみた母親の涙で、彼はすべてを察してしまいます。母親の思いも、弟妹の存在も、すべてが自分にかかってくるのを拒もうともせず、彼はなにもかもその目に吸い込んでしまったのかもしれません。ガラス細工みたいにもろくてきれいな生活と、その目の激しさとの温度差にとまどっているうちに、物語が動いていきました。
一方で、周りの大人たちへの、なぜ気付かないのか、放っておいたのか、という違和感も感じませんでした。子どもたちの目に共感していながら、そういう自分も、映画の中に出てくる周りの大人と、もはや変わらないのでしょう。
女であることと、親であることと、どちらからも逃げられなくて、夜明けに涙をこぼしていた母親のけい子(YOU)も、やっぱり苦しんだのではないかしら。『愛を乞うひと』の豊子を思い出しました。結局、けい子は親であることから逃げてしまいますが、私は彼女もいとおしいと思いました。これは女性としての感想、でしょうか。
ラスト近く、飛行場の側のシーンで流れる「宝石」、予告編でも流れていた印象的な歌ですが、歌詞が忘れられなくなりました。
真夜中の空に問いかけてみても ただ星が輝くだけ
心から溶け出した黒い湖へと 流されていくだけ
もう一度天使はボクにふりむくかい? 僕の心で水浴びをするかい?
やがてくる冬の風に波が揺られて 闇の中へぼくを誘う
氷のように枯れた瞳で 僕は大きくなっていく
だれもよせつけられない 異臭を放った宝石
心からしみでた黒い空に 今夜も星は輝くだけ
やがてくる春の光 息をすいこんだ
氷のように枯れた瞳で 僕は大きくなってゆく
だれもみたことのない 異臭を放った宝石
珍しく友人と2人で見たあと、2人とも感想はほとんど話さないままで、じっとパンフレットを読んでいました。やっぱり簡単に言葉にはできない、そういう映画です。

「スウィングガールズ」

シエスタのあじ塩
2004年/日本/上映時間:104分/配給:東宝
【監督】矢口史靖 【出演】上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ、豊島由佳梨、平岡祐太、ほか。
のっけから"わたくしごと"で恐縮なのですが・・・
私、ここでは、生まれたときからチン・トン・シャンと三味線を聞いて育ったように思われている、かもしれませんが、いちおう"洋楽育ち"です。
中学校でブラスバンド部に入って、はじめて合奏(全体練習ですね)に出たとき、顧問の先生に「足で拍子をとるのを止めなさい」って注意されたんです。私、そういうクセがありましたので。もちろん裏拍じゃないから「すべての人間は2種類に分けられる。スウィングする者としない者だ!」という定義にあてはめれば「スウィングしない者」になっちゃうかな。でも、クセを止めるのにしばらくは苦労しました。
中学校のブラスバンドは部員が3学年あわせて100人くらい。あまり集団行動が得意ではなかったから、音楽をやって楽しかったことよりは、100人の中に居ることの大変さばかりが記憶に残っています。高校にもブラスバンドはあったけれど、大所帯のクラブはもうこりごりで、わざわざ廃部すれすれの部員8人のクラブに入ったくらい。みんなが同じ気持ちで音楽をやるには、15、6人くらいがちょうどいいのかもなー、と、映画を見ていて思いました。
「ウォーターボーイズ」を初めて見たときは、最後で泣けてしまったのですが、こちらはえらくあっけらかんと明るい。なんかうらやましいなー。男女共同参画社会とはこういうことなのかなー(笑)。
自分の高校は、そもそも、男子として入学してこそ存分に楽しめるようにできていたから、個人的には「がんばっていきまっしょい」の「少女っちゅーのはつまらんもんや」というセリフがしっくりきます。
トロンボーンの関口(本仮屋ユイカ)、ひとりだけテンポがずれてるところ、ひとりだけ眼鏡をかけているところ、それからあのビミョーな髪型、あのキャラクター、当時の自分を見ているようでした(笑)。もちろん、あんなにマジメに練習してなかったし、冷静でもなかったけど。個人的には、演奏する姿が一番かっこいいと思っている楽器がトロンボーン(私は吹けないので、なおさらそう)なので、関口が颯爽とソロを吹く姿、なーんか嬉しいです。

「スウィングガールズ」

龍之介
元気の出る日本映画「ウォーターボーイ」を作った矢口監督の新作。
高校のブラスバンド部員の代役をひょんなことでするはめになった高校生たち―楽器など触ったことのない女子生徒達(上野樹里他)や下手なシンバル奏者の男子生徒(平岡祐太)。しかし、代役の方はブラスバンド部員の体調が戻ったために必要なくなった。でもなにか自分たちのブライドが傷つけられ、やっぱりやろうと決心する。それもジャズのビックバンドを。
勉強にも何も意欲が沸かない若者が、これだと思えるものを見つけていく青春映画。楽器を揃えるのにお金がないなど次から次へと問題が起こってくるが、なんとか乗り越えていく。真剣に取り組んでいく彼女らの姿がいい。竹中直人も先生役でいい味をだしていた。
演奏会出場の申し込みが遅くなって出場駄目かと思いきや急遽出場となる。私はスウィングジャズが大好きなので「スウィング・スウィング・スウィング」など往年の名曲が演奏されると感きわまった。
音楽の素晴らしさ、元気を与えるパワーなどいろんなものが表現されていた。演奏も吹き替えなしの素晴らしいものだった。

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