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『インソムニア』

伊之助
「インソムニア」って映画見ました。
まあ、よくできたハリウッド映画でした、とあっさりと言いたくないぐらい、結構好きな映画でした。アルパッチーノが主人公で−−途中彼が段々深みにはまって抜け出せなくなる様が、見てられなくなり、見てる私も「苦しく」なりました。
誤魔化していくことが苦しくなる、白夜の町で眠れなくて、自分の苦悩でまた眠れなくなり、嘘が嘘を産んでいく。苦しい様を大変うまく演じてました。悪役がロビン・ウィリアムス。別にロビン・ウィリアムスでなくてもよかったのに、とは思ったが、二人の名優を使わないと観客も入らないのだろうか。アルパッチーノだけで十分観客をよべる映画でしたね。
嘘、嘘、嘘、そして自分の地位を守っていこうとする。雪印や日本ハム、東電がやったこと、そして発覚した苦しさ。
ラスト若き警察官に向かって言う「道を失うな」という言葉がこの映画の核でした。自分たちも時々道を失うことをする恐れがありますね。「道を失うな」肝に銘じる言葉でした。
ただハリウッド的な映画ですけどね。

『戦争と人間・第三部』

伊之助
感動のシーン、胸がどきどきする、こみ上げてくるシーンって映画の中にありますね。そのシーンを見たさに映画を見る。
「戦争と人間」第三部という山本薩夫監督の映画を見ました。日本の中国進出満州侵略ノモンハン事件を描いてます。第三部の軸は山本圭と吉永小百合の愛と、愚かしい日本人の、日本軍の姿を見せます。
第一部、第二部とあるのですが、この第三部だけ見てもいいぐらいの力のある作品ですね。日本の俳優オールキャスト出演。よくこんな映画が出来たものです。1973年の映画。ちょっと右翼から文句が出そうなぐらいの描写です。
で、私の感動のシーン。
夫である山本圭は中国大陸で死んだとされ死亡通知も来ていた。しかし、ある日憲兵が妻の部屋に乗り込んできて、夫の手紙を差し出せと迫る。「なぜあなた達は死んだ夫の手紙を今頃探しているのですか」「上官こんな手紙がありました」その手紙には愚かな戦争に対する批判が連綿と書かれていた。俺が読んでやる、とその手紙を憲兵が読み始めると、音楽がドンドンドンドンって聞こえてくるのですね。夫の心臓の鼓動のように。何度も読んで暗唱していた愛する夫の手紙、吉永小百合が語り始める。「僕はこの愚かな戦争のまっただ中にいる。−−」という夫の手紙を。
いやはや人生の映画の出逢いの中で忘れられないシーンですね。「生きている、夫は生きている」

『ダスト』

春声@
『ダスト』2001年 英・独・伊・マケドニア 124mins
ミルチョ・マンチェフスキー監督
ジョセフ・ファイアンズ デビッド・ウェンハム エイドリアン・レスター アンヌ・ブロシェエ他出演
KBCにて 2001-08-04
『ビフォア・ザ・レイン』というのが7年前評判になったのをご覧になった方はいませんか?あの映画を作った監督です。鬼才と当時も言われた人らしく、えらく凝った難解とも言える高尚な(?)感じのする映画でした。けれどなにかしら清冽な印象を感じたのを覚えています。今回のは、以前のより、ややくだけているっていうか−−なんとかなりました。
アート系映画と言いながら銃撃戦の派手さは西部劇以上。人物設定はあいかわらず難解。時間のねじれ現象も前回同様難解。現在のニューヨークの物語が100年前のマケドニア地方の物語とクロスするというもの。マケドニアで展開する物語には100年前アメリカ西部に住んでいるふたりの兄弟が同じひとりの女を好きになったことが発端で生じた物語。なんとこの兄弟マケドニアに行くからこそその後の物語も展開していくと見たのですが−わたくし正解?
とにかく”時間と場が、ねじれる”んです、マンチョフスキーは。で、結局話が理解できたかというと”自信”がありません。プログラムを購入したくも販売していないという”ねじれ”もあったり−−。清冽さを感じたかって?”整列”させて欲しいなと思ったのが正直な感想でして、洒落にもなりませんね。単にマンチョフスキーが7年ぶりに撮影した映画だから観賞したけど、”特には−興味ひかれず−””もう少し整理してとお願いしたい”。かようなお粗末な映画感想文を書かざるを得なかった次第です。

『ピンポン』

シエスタのあじ塩
原作:松本大洋/脚本:宮藤官九郎/監督:曽利文彦
窪塚洋介/ARATA/サム・リー/中村獅童/大倉孝二/夏木マリ/竹中直人
青春モノとしては『がんぱっていきまっしょい』と双璧。あるいは『がんば〜』よりも世代を限定しない普遍的な作品かもしれません。20代の物語としても、30代の物語としても受け入れられると思います。それにしても宮藤官九郎ってすごい才能だと思いました。『GO』見とけばよかったなぁ。
この世の中には、たくさんのペコと、たくさんのスマイルと、そしておそらくその何倍もたくさんのアクマがいる。この映画の主人公はペコとスマイルだけれど、実はそのたくさんのアクマたちの物語かもしれないと思う。
幼なじみの3人。天才ヒーローペコ、ペコから離れて才能が開花しはじめたスマイル、そして努力だけで這い上がってきたアクマ。3人のお互いへの思いはおそらくずっと変わっていない。けれども輝き始めた才能と積み重ねられた努力が3人の関係を変えていく。ペコは負けるはずのないアクマに負ける。そしてアクマは勝たなければならない試合でスマイルに負けてしまう。「なんでお前なんだよ!俺は、お前の、10倍、100倍、いや10000倍努力したんだぞ!」「それはアクマに才能がないからだよ」スマイルに負けてアクマは去っていくけれど、一度は挫折したヒーローに自分の思いをぶつける。「お前が卓球をやめたら、お前にあこがれてここまでやってきた俺やスマイルが浮かばれねぇ」
スクリーンを見ていると、“アクマ”だった私と、私にとっての“ペコ”がありありと思いだされて、胸が痛くなる。才能の有無は、それをもたない本人がいちばんわかっている。スマイルに言われるまでもなく。でも“ペコ”はいつでも私のあこがれで、ヒーローだった。もちろん今でも。だからスマイルやアクマのように、私もヒーローを信じる。
とうとうペコが戻ってくる。「スマイルが呼んでんよ」とつぶやきながら。卓球人生の致命傷になりかねない怪我を背負って。ライバルたちは、それぞれに一番ふさわしい場所で迎える。アクマは観客席で、孤高の留学生チャイナは高いギャラリーの上で、卓球の権化ドラゴンはリングで。(卓球台を「リング」というのは変かもしれないけれど、この映画の場合は他に表現のしようがない気がします)そしてスマイルはひとり階段にすわって、背中で、待ちつづけた相手の気配を感じている。
「ヒーロー見参!!」「おかえり、ペコ」
文字にするとボケとツッコミみたいで、最高にしまらないんだなぁ〜、このセリフ。
でも、この一言にスマイルや登場人物全員の気持ちがめいっぱいこもっていて、うれしくてうれしくて泣きたくなってしまう。
待ってたよ、ヒーロー。
そこからラストまでの鮮やかさ!
あっぱれ、くどかん!!

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伊之助
「ピンポン」見ました。
新聞や雑誌の批評では、面白そうだったが−−。私も中学生の時少しだけ卓球部に在籍していたのだが−実力はゼロ−見ながら、いらいらしてきましたね。卓球をなめとんのか−−もっとまじめに練習しろと言いたくなりましたね。あれでは世界で活躍する選手になれない。−−卓球の魅力が全然描けていない。また、卓球より人間描写だったのかもしれないが。もっと卓球を愛して描いて欲しかった。
ぼそぼそ話す奴といつも汚い日本語で叫んでいる奴がいて、演出もしっかりしてよって言いたかった。最後は多少はまじめな試合でしたが−−高校生の卓球部を描いている割に青春がきちっと描かれていない気がしました。夏木マリ、竹中直人もいつものワンパターンの役柄でした。

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